

第9回「城物語」冨士宏
中世ドイツ騎士物語、未完の傑作
突然ですがここでクイズ。
「ドイツ料理を述べよ。ただしソーセージ・ポテト・ビールは禁止」
…どうでしょう、意外と思いつかなかったんじゃないですか?
……ザワークラフト?まあそうねえ。
じゃあ他になにがあるんだって?えーっと…ガチョウの丸焼きとか…キノコと肉のパイとか…まあそんな感じですよ。
大航海時代以前、ポテトが入ってくる前のドイツ料理というのは、塩味の肉をたらふく食べるのがごちそうだったようです。
「城物語」の舞台は13世紀ドイツ。
新米城主となったミハエル・フォン・シュミートは実はもともと鍛冶屋の息子。さまざまな因縁によって騎士となった彼は、偶然でも城主となったからにはこの城を守ろうと、領地を奪いにくる隣の城の騎士たちと戦います。
戦いに勝利した後は宴会です。
料理はテーブルの上にごちそう(ほとんど焼いた肉かパイ)をドサっとのっけて、取り皿の代わりに平たいパンを使って食べる。
この時代にはフォークも無く、食事は手づかみ。素手で食べるので水を張ったボールを置いて、バシャバシャ洗いながら食べます。これがフィンガーボールってやつですね。
庶民だけの話でなく、王侯貴族もこんな感じ。
「剣と魔法」のゲームや小説のモチーフとなる時代の人々は、そんな暮らしをしていました。
そう、この13世紀ドイツという時代は、数多くの物語でそのアイテムを使われつつも、実際にはどんな感じだったのかよくわからない時代です。騎士がたくさんいるということは、戦いも沢山あったわけで、戦争の不安の強い時代でもあったわけです。
高校世界史的にいえば、聖職叙任権闘争からの神聖ローマ帝国とキリスト教会の混乱が続き、ホーエンシュタウフェン朝の断絶による皇帝不在の大空位時代。
ようは帝国を支配する皇帝がおらず、教皇はじめ他のキリスト教徒たちとも仲良く無い。
トップが空っぽなので、下っ端の国内の騎士たちは自主独立の気風を高めます。領地争いから私闘まで、戦乱の種はこと欠きません。
一方で東のほうからは、モンゴル軍の蹄の音がヨーロッパに聞こえてくる時代です。
そんな時代の物語の、もうひとつの主人公は「城」。
戦いの舞台となるお城は、私たちがよく頭の中で描くような西洋の城(ディズニーランドのシンデレラ城みたいなアレ)です。とんがり屋根に石造りの城壁。あのお城はどんな意味があってデザインされたものなのか?
13世紀は11世紀から始まる中世の築城ブームの最後の時期。王侯貴族の城や城郭都市、城壁を持った修道院など、様々な目的・機能・デザインにあふれたお城の見本市です。
おとぎ話の舞台となる塔や城壁にも、攻撃や防御でそれぞれの役割があり、その本来の機能を魅せる物語が「城物語」なのです。
…なのですが、残念ながらこの漫画、連載していた雑誌が会社ごと消えてしまい、物語も序盤で終わってしまっています。とはいえ、この一冊だけでも城郭の魅力や機能、騎士道とは何かなど、ウンチクをふんだんに盛り込みつつ、中世ドイツ騎士物語として非常にレベルの高いものになっております。
剣と魔法のファンタジー物語が好きな人なら、ためになることまちがいなし。
オススメです!
…エンターブレインあたりで続編を描かせないかなあ…
母さん それでもぼくは騎士になりたいよ
騎士でなければ 自分の運命を切り開くこともできない
本物の騎士になりたい
正義と信仰の御旗を押し立てて 茨の原をも踏みわたる
本当の騎士になる 騎士の務めを果たす
務めはモルゲンベルクの城と領地を守る事
(ミハエル・フォン・シュミート「城物語」冨士宏)