

第24回「世界史劇場 イスラ ーム世界の起源」神野正史
イスラムの歴史は面白い!こんな参考書がほしかった!
歴史を学ぶとき、その時代の人たちの心を感じ、その息づかいが聞こえてくるようでなければ、それは「歴史を学んだ」ことにはなりません。
歴史学習とは、「感じるもの」「たのしむもの」「体感するもの」であって、けっして「暗記する」ものではありません。
(「世界史劇場 イスラーム世界の起源」神野正史)
本屋には歴史入門書ってのが沢山おいてありますよね。「ネコでも良くわかるビジュアル高校世界史入門〜日本史もあるよ!〜」みたいなの。
ただそういう本はたいてい大学受験の教科書や参考書の焼き直しという感が強いものです。
歴史のストーリーの表面をなでるだけ。教科書の言葉を置き換えただけ。イラストや地図も載ってるけど、誰がどういう人物だったか、どこの国がどういう特徴を持ってるのか、よくわからないままドンドン進んでしまうので、読み終わってもイマイチ頭に残らない。そんなことありませんか。
そんな人にオススメしたいのが、神野正史の「世界史劇場」シリーズです。
このシリーズは、ある年代のある物事にテーマをしぼって書かれた歴史本です。たとえば「イスラームの起源」「アメリカ独立」「日露戦争」などなど。
歴史の教科書ではイスラムの誕生から普及まで数ページ程度ですが、この本では300P近くあります。「なんでそんな長いの?」と思われるかもしれませんが、そこがこの本のキモなのです。
この「世界史劇場」シリーズが他の歴史本とちがうところは、著者独自の歴史イラスト。
イラスト付きの歴史書は数多あれど、この本は見開きページに地図が書いてあり、地図の上で漫画調のキャラクターたちが会話し、動いているのです。絵巻物が一番近い感じでしょうか。
絵巻物のページに続いて、そのストーリーの詳細を説明する文章が始まるのですが、これが講義調…というより講談調になっています。
つまり、クライシュ族がムハンマドの迫害を行った建前上の理由は
「ムハンマドは先祖伝来の神々を冒涜した!
許すまじ!神々に代わって制裁を下す!」
というたいへん敬虔無私なものでしたが、本心は、
「我々のゼニ儲けを奪うような行為は断じて許さんぞ!」
という極めて利己的・拝金的・即物的な理由に拠るものだったわけです。
(「世界史劇場 イスラーム世界の起源」神野正史)
いわゆる「講義調」の本でもイマイチ言葉遣いが堅苦しいことが多いものですが、この本は軽快な話し言葉で書かれているので非常に読みやすくなっています。
このイラストと講談口調の文章の二重の構えに加え、ページの下部には注釈…というか小ネタ…が沢山ついています。
視覚情報と文字情報のダブルインパクトによって、ただ分かりやすいだけでなく、歴史人物たちの思考や人情が感じられてくる。それがこの本の一番優れたところです。
例えば4人の「正統カリフ」っていましたよね。世界史の授業でやったかと思います。
アブー=バクル、ウマル、ウスマン、アリー。
誰がどんな人物で何やったんだか良くわからないまま、気がつくとカリフの座がムアーウィヤに取られてウマイヤ朝が始まる…と、こんな感じでも覚えている人は相当歴史が得意な人でしょう。殆どの人は「カリフ?なんだっけ。ウマイヤだかマズイヤだかはあった気がする。で、その次が何朝だっけなあ…」てなもんだと思います。
しかしこの本だと、「アブー=バクルやウマルは真面目なやっちゃなあ…それに比べてウスマーンの軟弱な事!アリーも災難な人だけど、もうちょっとうまく立ち回れる部分もあったろうになあ」「ウマイヤ朝もひどい奴らだな!でもこんだけの版図を築いたのは凄いよなあ…」と、歴史上の人物に感情移入しながら学ぶことが出来るのです。
まあ、そういう歴史の語り方には賛否あります。主観を交えず淡々と事実を羅列していくことが中立な歴史の語り方である、という考えですね。学校の先生に多いタイプです。
しかし、誰がどれだけ客観的に語ろうと、人間が語る以上、主観が全く入らない歴史叙述というものはありえません。むしろ、「俺」「私」を抜かして語る言葉に、誰が興味を抱き、心動かされるというのでしょうか。
心込めて語る言葉だからこそ、学習者は歴史の中に生きた人々の息吹を感じ、それをもっと学んでみたいと好奇心が引き出されるのだと思います。だからこの本は、歴史の入門書としてまったく正しいのです。
感動したり笑ったり、「この意見は違うと思うよ!」とか怒ったり、そうやって心を動かすことが歴史の学習の第一歩だと思います。
ただ、そうやって歴史を感じながら楽しみながら学んで行こうとすると、数千年分を数百ページでおさめるような本にするのは不可能。そのため、「イスラム教の起源」「第一次世界大戦」のようにテーマごとに分けられているのですね。
でも、それぞれ本当に面白いですよ。
21世紀は、まさにイスラムの世紀とでも言うくらい、中東はじめ世界各地のイスラム教徒たちが歴史の流れの中心におります。
パレスチナとイスラエル。ビンラディンたちアルカイーダや、残虐非道と言われる「イスラム国」のテロリストたち。シリア。オイルマネー。成長する環インド洋のイスラム国家たち。ハラルフード。世界の政治や経済に、イスラームが深く関わってきています。
テレビでも「シーア派」「スンニ派」などのキーワードが良く説明されていますが、正統カリフ時代からウマイヤ朝時代の歴史的な流れを知らずして、なぜ理解できるのでしょうか。
読みやすく面白い歴史入門の本を探している方、イスラム教の歴史について知りたい方、中学生から高校・大学の学生すべてに、オススメです!